舞台の上でマサヒロ事件簿もブラウン

舞台の上でもブラウン管でも大活躍!!
日本中を笑いの渦に巻き込んだんだ大人気キーボーズが体験した抱腹絶倒・波瀾万丈の大事件!
なかなか見られない舞台裏・・・ゆっくりお楽しみ下さい。


キーボーズコンサート大事件

(福岡その1/あらすじ編)

98年3/1より、いよいよNHKによるキーボーズコンサートが福岡を皮切りに開始した。第1回目はヴァイオリンの漆原啓子さん、ソプラノの家田紀子さん、テノールの石原克美さんという組み合せで豪華なステージが展開される予定だった。
私とテノールの石原さんは、前日2/28に福岡入りした。
あとの女性2人は前日まで他の演奏会があるということで当日朝7:00の飛行機(たぶん5時起きだろう)ということになった。(確かに夜型の音楽家にとっては殺人的な時間だがこれもやむを得ない。)ともあれ私は28日の夜、羽田をたった。これが大変にあたたかい日で私も今年(98年)はじめてコートなしでの出発、なんせ九州に行くのだから必要ないだろうと思ったわけだ。
現地は雨が降っていて風も強かったが、別段寒いわけではなく、私たちはそのままタクシーに乗り八女(やめ)にあるホテルに向かった。八女はれっきとした町であるが、こうした地方公演の場合、食べられる時に食べておかないと食べはぐってしまうことも多々あるので、私自身は羽田でまずいカレーライスを流し込みさらに夜食のサンドイッチも持参したのであるが、これが大正解。
八女の夜はすっかりシャッターがおりてどこも開いていなかったのだ。
する事もなくその日ははやく寝た。
翌日8:00ごろ私はソプラノの家田さんからの電話で起された。
「雪が降ってて、飛行機が飛ばないの」
「えっ・・・・・うそぉ〜?!」

だってあんなにあたたかくコートも着てこなかったのに・・・・・!?
そんなバカな・・・・・しかしTVをつけるとすべてそのNewsで大騒ぎになっていた。
それからは大パニックである。2人が来ないかもしれないのだ。
東京は雪。私はコートも着ないで帰れるのだろうか・・・・・?
いやいやそれどころではない。2人が来なかったらコンサートは中止!? No,これは中止しないことになった。
とりあえず石原さんと2人でやれるプログラムを考えねば・・・・・。しかしキーボーズコンサートは言ってみれば「おいしいとこどり」コンサートなのでレパートリーが完全な形で完奏する風には用意していない。すぐ東京の友人たちにTelしまくり楽譜をFAXしてもらう。石原氏にしてもリサイタルのつもりではないのでそうはムリいえないだろうし・・・・・。
というわけで、休憩なしのワンステージで対応することにし、話の筋立てやキーボーズのからみなども全部手直しすることになった。これは本当に大変な作業となった。
一方、家田さんと漆原さんはNHKのM氏と共に空港で情報収集に神経をとがらせていた。
乗るはずのJALはすでに欠航となり、9:30ごろにはその後の対応が発表となるらしかった。大阪や名古屋に出てそこから飛行機という手もないではないが、すでにそれでは間にあわないタイミングになりつつある。
いろいろ考えたが彼らは羽田で待機することとなった。
一方私たちはすでに10:00には会場に入り、新しいプロでのリハーサル(ドロなわ状態)をはじめていた。
10:30には午前中の便がすべて欠航という情報が入る。
「とりあえずハンガリア狂詩曲を弾いたりスケルツォを弾けば20分ぐらいだから・・・・・」
今すぐ弾くレパートリーではなかったので当然練習はしていないし不安だがこれもやむを得ない。そこへ「関空行きの全日空が1本だけ飛んだ」という情報がはいって来た。それに彼女たちが乗っても間に合わないので、それ自体は関係のないことなのだが空港が使えるということだ。それでこちらは「もし12:30までに飛べればコンサートの途中で間に合う。それ以降ならばあきらめる」という事に決定し、急ぎBプロ、つまり後半に2人が間に合った場合のプロを作りなおし、私は私で筋立てに頭をめぐらせていた。
「いずれにしても大変だ・・・」私も覚悟を決めてむしろ冷静になっていた。「キーボーズもいつもの倍あばれないとなぁ・・・・・」等と言っている矢先、
「11:50の臨時便(ANA)に乗った」という情報が入って来た。
「という事はBプロか・・・・・」
「いや、乗っただけでいつ飛ぶかはわからないぞ・・・・・」
またしてもパニックだ・・・・・一体どうしたらいいのだ!?

(つづく)


(福岡その2/家田紀子さんの場合)

その3/1の朝、私に第一報をくれたのは家田さんだ。彼女はスリムで美しい人だが、実際は大変声量が有るとてもステキなソプラノ。お人柄も明るくきっとこうしたファミリーコンサートでもいい感じでやってくれると思ったわけだ。その後も家田さんと私は携帯で何度も連絡し合った。だが雪の状態や欠航便が増えてくるにつれ少し話のトーンもダウンしてきた。でもそこは家田さん明るく一言。
家田「でも行きたいわよ、絶対。祈っててね。こういう時って雨乞いでもないし何のお祈りすればいいのかしら?」
斎藤「いずれにしても漆原さんと美女2人が祈るんだから大丈夫だよ」
家田「そうか・・・・・。私たちが本当に美女かどうか天にためされる時が来たのね・・・・・。」


(福岡その3/漆原啓子さんの場合)

その朝、前日コンサートで夜1時ごろ帰宅した彼女はぎりぎりのタイムであわてて外に出てギョっとした。
雪である。マイカーで羽田に行こうとしていた彼女はつぶやく様に言った。
「雪おろしからやるのか・・・・・」
しかし絶好調。雪の中も平気で(1度だけスリップしたらしい)ぐんぐん走りぬけ時間前に羽田に着くや、なんと飛行機が飛ばない。とりあえず待つ事になったので、家田さんと共にお茶をすることにした。
待つこと5時間余り。いいかげんにあきてしまったので、その間店を3軒はしごする。どこに行っても人人人。みんなあきらめ顔で待っている・・・・・。
ちょっと移動した時、彼女は知り合いに出会った。だが誰だか思い出せない。
「よく知ってる顔なんだけど・・・・・。」
とりあえず挨拶だけしておこうと思った時気づいた。それはさっき3時間いた喫茶店で前に座ってたおじさん・・・・・。ずっと見てたのですっかり知り合いの様に顔を覚えてしまったのだ。
それはさておき「もうだめかもしれないから、ごはんでも」と2人はその後食事を注文して待つことにした。そしてその食事が来たのとNHKのM氏が飛び込んで来たのが同時だった。
M氏「臨時便があります。乗れるかどうかギャンブルだけど行きましょう。」
2人はせっかくきた食事だったが手をつけず外に出る。会計の時に思わず
「食べてないから・・・ほら、あそこ」というとなぜか半額にまけてくれたらしい。


(福岡その4/NHK・M氏の場合)

それはまさにギャンブルだった。
M氏はもう朝からかけまわり、知っている航空会社の友人等にTelしたり手をつくしてはいたが、なんせ人々々・・・・・。欠航してもみんなが仕事がある訳で殺気だったキャンセル待ちの人々の列に入ったりそれこそ大変な時間を過ごしていた。その時「ANAで臨時便有り」の情報が入る。当然むらがる人々・・・とても並べそうにもないしおまけに持っているチケットはJALのものだ。しかし12:30がリミットとするとこの11:50発の便はラストチャンスに違いなかった。
決心したM氏は食事中だった2人に「だめかもしれないけど、ギャンブルです」と決意を表明。
なんとそのJALのチケットでチェックイン。直接搭乗口に向かい、その臨時便のカウンターで「今からチケットを買うから乗せてくれ」と強引な交渉。もちろんなかなか「うん」とは言わなかったが、押しに押しまくりついにその便に乗る事が出来たのだった。(拍手)
席はクルー達のうしろのリクライニングも出来ない様な予備席。ふだんはそこに荷物がおかれる場所である。おまけに全員手荷物を山の様にかかえてANAの人達もさぞあきれたであろうが大手柄。M氏、2人にニッコリしながら言った。
「すみませんね。お食事しはぐっちゃいましたね。ぎりぎりだからあちらでもゆっくり食べられないと思いますが、今夜は福岡ですから、フグかなんかで乾杯しましょう!!」
M氏は2人が日帰りである事を知らなかった。


(福岡その5/あらすじ編)

確かにそうだ。「乗った」と「飛んだ」は違う。
何せ悪天候なのだから11:50発といったっていつ飛ぶかはわからない。
「前向きに考えて、12:30までには飛ぶと考えましょう。開演を30分遅らせてBプロで」という決定をしたが、すでにもう何人かのお客さんが並んでいる(12時前なのに)という事で15分遅れでスタート、もし彼女たちが着くのが遅れた場合、私がずっとソロを弾き続ける・・・という事になった。演奏するだけだって大変、いろいろ共演者が変わればさらに大変、おしゃべりもするわ、キーボーズであばれるわ、共演者が着くまで何か弾かなきゃならない・・・・・つくづく座長キーボーズの重みを感じた。新人では出来ない芸当だね。
その後、NHK・M氏、家田さん、漆原さんのそれぞれの携帯にTelを入れても留守Tel対応。当然飛行機では使えないから乗ってる(飛んでる)と考えたい。そんなこんなしているうち、すでに時計は14:00をまわった。開演まであと15分。お客さんは1000人は入っている。もうそろそろ空港に着地してもいいころだ。あせりの色が見える。(しかし私はキーボーズのスタイルをしているために、どこから見ても楽しそうに見えたらしい)
14:05電話が鳴る。「着いたのだ・・・・・」だれもが思う。という事は車で1時間。前半正味50分、休憩20分であれば、絶対に間に合うはずだが、車の移動では全く安心な訳ではない。休憩前の「英雄ポロネーズ」を始める前に着いたかどうかを合図してもらう約束をして(だめな場合はソロを弾き続ける)いよいよキーボーズは舞台へ。

(つづく)


(福岡その6/タクシーの運転手さんの場合)

おらはよぉ、最近福岡さに来ただ。
もう年で故郷(くに)は(寒くて)しばれるからよぉ、九州に来てタクシーさやることになっただよ。
それにしても今日の客は何だぁ?おらの車に乗るや否や「急げ急げ」いうだよ。サザンクスとか何とかいうホールだと。おら知らねえ、そんなとこ。「さざんかの宿」なら知っているだ。演歌はええなあ。
今日の客も、舞台が何とかって・・・芸能人かえ?
おら知らねぇだ。そんな急げ急げいうでねぇよ。
ほら、あわてさせるから信号1つまちがえたでねぇか。
あれ、この道さどこいくだ?おら知らねぇだ。
わかったわかった、急ぐよ。何時までに行きてぇんだ?
えっ?コンサート2時からだって?もう2時20分だぞ。こいつらばかじゃねぇのか?間にある合うわけねぇじゃねぇか〜。この道はどっちさ行くだ?

☆★☆後日談★☆★

漆原「よっぽど私が代わって運転したかった。あの運転手さんじゃなければ15分は早くつけたね」
家田「あんなに一生懸命ヨイショしたのに、ほめちぎったのに全然テンポあがらないんだもの。今にして思えば“そのアクセル踏む姿がステキっ、もっと踏んでぇ!”って声をかければよかった。」


(福岡その7/あらすじ編)

ともあれ私は一生懸命やった。全力でやった。
会場のお客様にもキーボーズ流に事情を話し、納得してもらい結局ソロを3曲多く弾いて、石原さんのすばらしい「グラナダ」も大受けで第1部はつつがなく進行する。チラッと時計を見ると14:55いよいよ「英雄ポロネーズ」だ。もし、ここでまだ着いていなければソロを弾き続けなければならない。が、舞台そでから到着の合図。
思わずキーボーズはへなへなと舞台にすわりこみ「みなさま、着きました」とひと言。
これがまた大受け。気をとり直して「英雄ポロネーズ」、やっと落ち着いていい演奏が出来たという感じ・・・・・
第1部が終わり休憩時間に入る。到着した2人はもうすでに着がえていて、家田さんはサンドイッチをほおばっていた。とにかく食べるひまもなく来てくれたのだ。
漆原さんは食べずにウォーミングアップに専念。
漆原さん曰く
「だって本物のキーボーズに会うのが楽しみだったからネ、来たよ」
ホント、いい友人を持って幸せだ。
コンサートの後半はオールスターがそろい、それは華やかに予定通り大成功を迎えたのだった。
家田「それにしてもうれしいわ、私たち勝ったのよ、天が美女だって認めてくれたのよ」
漆原「ぎりぎりだけどね」


(福岡その8/石原克美さんの場合)

石原さんは前日私と一緒に福岡入りしたのであわてる様なことはなかった。しかし石原さんは八女で何か食べられると思って空港では何も食べず(買わず)そのまま飛行機に乗ったから大変。結局その日はおなかをすかしたまま寝る破目になった。
彼は通常朝ごはんは食べない。きっと10:00すぎにゆっくり起きてきてブランチなのだろう。
でもこの日は9:30に出発だし、おまけに雪ということでプログラムは変更だし・・・とにもかくにも前の夜から何も食べてないので朝食をとる。

10:00には会場に入った。他の出演者が来る来ないの騒ぎは騒ぎとして、マイペースでいなければならないのが歌手のさだめ。他の人がサンドイッチをパクつくのを横目でコンディションを整える。本番は大成功だった。そして共演者も来たらしい。もう安心だ・・・。そういえば朝食べたきりだからサンドイッチを食べようとしたその時である。
NHKのM氏が「すみません。実は彼女達2人、朝から何も食べてないんです。そのサンドイッチこちらに下さい」の声。
しかたがない・・・・・。彼女達は5時起きで来たのだ。
M氏「とりあえずコンサート終了後、空港に行く前にラーメンいきましょうよ」
ラーメン・・・・・?ラーメン!博多ラーメン、いやぁしあわせかも!?
コンサートは大成功に終わる。2時間を越えた大コンサート、そしてこのあとはラーメンが・・・・・?
しかし帰りの車は渋滞してとてもラーメン屋等による時間もなく、あわただしく空港に向かったのであった。
おなかの中ではあの朝食すら消滅してしまったことであろう・・・・・。
漆原「やっぱり夜おそく八女になんか泊まるのはやめた方がいいよね」



1997年度のこと(T)

ーボーズがスタートをしていろんなことがありました。
実際は非常に大変で、目を白黒させることの方が多いのだけど、やっぱり何といってもハデハデのコスチューム。局内を歩いていればみんなびっくり足をとめてくれます。
ピアノを斎藤雅広自身で弾いて、キーボーズに変身するためメイク室で大わらわになっていると、
となりにすわっていた三井ゆりさんがクスクス笑いながら
「さっきピアノを弾いてた方ですよネ」
「ええ、まあ」
「どーしちゃったんですか?」
とまあ大受けした。
西城秀樹、川上麻衣子、津川雅彦、高嶋政宏・・・と、いろんな方とキーボーズは対面してますが何といってもジュディ・オングさん!とにかく5,6m手前から目線が釘付けで、うつろでおどろきをかくせぬ表情で歩いて来た。あんまりジーっと見ているので私も思わずにこっと
「ハーイ」と叫んだら、目線・表情が石になってそのまま何度もふりかえりながら通りすぎていった。
やっぱり変態に見えたのだろうか?

1997年度のこと(U)

ケンちゃんは本当にかわいかった。今のコースケくんに比べるとワンパクもいいところ、スタジオ中をかけまわっていた。今も「天才てれび君」という番組でドラキュラの役をやっているけど、これもまたアニメさながらにかわいい。普段は子供はどちらかというと苦手なんだけど、ケンちゃんはボクが立っているとそばに寄って来て手をつないだり、昨日学校でどんなことがあったか話したり、けっこうボクの事を気に入っている風だった。そういえば彼の家族と一緒にショッピングに出かけたこともあった。今まで1人で行動することが多かったボクには、新たなほんわかした良い経験になった。
そのケンちゃんが最終回の撮りが終了した時、感きわまって泣いた。その時、彼がずっとボクのそでをにぎっていたのを見て、生れてはじめて子供に接する喜び、感動を味わった。大人は子供達の中に自分の心やイメージを残す事が出来る・・・例え私達がこの世を去っても彼らが覚えていてくれる・・・こんな人間の本能があることを肌で感じた。
ケンちゃんのおかげで子供のためのコンサートも本当に命がけで楽しく出来る様になった。ありがとう。
彼が大スターになることをずっと祈っていたい。