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| 「いますぐ始めるお父さんのためのピアノ講座」テキスト (P12〜13)―私とピアノ― |
(発行:日本放送出版協会/TEL:03−3780−3313)
〜子供の頃からいつも一緒だった最大の友人〜
●小さい頃から大好きだったピアノ
お父さんがオペラ歌手、お母さんがバレリーナという家庭に生まれた斎藤さん。家にピアノ伴奏者がよく来ていたことで、ごく自然にピアノに興味を持つようになりました。「いつか自分もピアノをやりたい」と心に決めていた斎藤さんが、ピアノのレッスンを始めたのは4歳のとき。毎日晩ご飯の後に1〜2時間ピアノを弾くのが日課でしたが、もともと自分の意志で始めたこともあり、小さい頃から「練習がイヤだな」と思ったことはなかったそうです。
小学校1年生のときには、NHK教育テレビ「ピアノのおけいこ」の生徒として半年間出演。このとき出演記念にもらったピアノ椅子は、いまでも斎藤さんの宝物としてご自宅で大切に使われています。
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●念願のデビュー
子どもの頃からいつもピアノに夢中で、ずっと「ピアニストになりたい」と思い続けていた斎藤さんは、「ピアノのおけいこ」以降も、田村宏先生に師事しました。田村先生は、斎藤さんいわく「レッスンのときにはとてもこわい先生」。ところがレッスンが終わると人が変わったように優しくて、中学時代、静岡からレッスンに通っていた斎藤さんを「帰りの電車はあるのかい?」と気遣ってくださったそうです。とはいえ、当時厳しくしてくださったからこそ、ピアニスト斎藤雅広が誕生したこともまた事実。東京芸大に進んだ1977年、斎藤さんは第46回日本音楽コンクール第1位となり、翌年NHK交響楽団との共演でデビューを飾り、プロのピアニストとしてのスタートを切りました。
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●さまざまなアーティストの交流を通じて
もともと斎藤さんはショパン、リスト、ラフマニノフ、プロコフィエフ、そしてフランスの作曲家の作品が得意ですが、ソロ活動に加えて、さまざまな楽器や歌の著名なアーティストたちと室内楽をする機会が多くなるにつれて、ブラームス、モーツァルト、ベートーヴェンなど、ドイツ系の作品も数多く手がけるようになりました。
ピアノ、そして音楽を通じて、かけがえのない出会いや喜び、感動を味わってきた斎藤さんにとって、ピアノを弾くということは「1日に何度もケアしなければいけない、ものすごく手のかかる恋人を持つようなもの」。でも、「それでも何よりもすてきだと思えるし、それくらいの価値があるもの」だからこそ、斎藤さんの演奏はいつも聴き手を魅了してやまないのでしょう。
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(発行:(株)音楽之友社/TEL:03−3235−2122)
2003年6月号(P54〜55)ロマン派時代のピアノ音楽〜斎藤雅広、ピアニストたちのアプローチを語る
★テーマ曲「ショパン:バラード第1番」
思い思いにショパンを表現していた第1世代のピアニストたち
今回聴いたなかで一番古い録音は、1928年のコルトーのディスクです。コルトーには33年のものもありますがスケールが大きく、自分の感情を情熱的にロマンティックにぶつけて行く演奏スタイル。29年のブライロフスキーも37年のホフマン、38年のモイセイヴィッチも同様なアクが強いスタイルで、一見我流でありながらもショパンの心も伝え、ショパンの様式から逸脱していない所が見事だし、厚みのある説得力のある演奏でした。彼らに共通する要素は、音楽の上に人間の「悲しい」「寂しい」「うれしい」等の感情を訴えてくる所でしょう。ミスタッチがあってボロボロでも現代に生き続けるのは、ショパンの自然発生的な音楽への共感があるからで、例えばカサドゥシュの演奏(60年)がやや平凡なのに胸を打つ充実感があるのも、この時代の要素を受け継いでいるからなのです。
その点「感情」より「味」で勝負のバックハウスは、純粋に“バックハウス”流でショパンのエッセンスが少なく、彼の個性そのものになっています。演奏が遺っていたらローゼンタールやラフマニノフもこのスタイルになるはずですが、ピアニストの個性と曲の個性の合致というのも、当時はより重要なことだったのです。
ホロヴィッツの47年のモノラル録音は超名演の1つで、ソフロニツキー等に流れるロシア人が弾くショパンの頂点を感じさせます。後のS・ネイガウスやキーシンまでにも、格こそ違えこのカラーは受け継がれています。スケールが大きくて歌い口が憂鬱濃厚なそうしたスタイルに、ホロヴィッツがスパークする巨匠達の流れを充分に受け継いでいるのは、技術が衰えてからの英国の録音で明らかになります。ショパンの音楽に自己の「悲しみ」や「切なさ」を投影させていてすばらしい。ショパンの音楽はベートーヴェンのように計画的で演出を考えた音楽ではなく、即興で生まれ出てきたような心からの自然発生的な音楽なので、演奏家達が独自の方法と感性で迫っていくと、実にエキサイトな効果を生むのではないでしょうか。
ミケランジェリの登場、高度成長期へ突入
そういう自然発生的で即興性の強いショパンの音楽を、あらすじが決まっていたように冷徹に見通して、しかも感動にまで高められたのはミケランジェリだけですね。57年のライヴでは流石に気がはやって平板な感じがしますが、グラモフォンへの録音、晩年のライヴに至ってはテンポ設定や歌いまわしまで全てが理想的です。演奏史の上でも後の人たちにとても大きな影響を与えました。モラヴェッツやグルダの妙に冷静なアプローチや、ホロヴィッツの2種のカーネギーでのライヴの不自然さ等にも、実は大きく影を落としているのです。ミケランジェリは研ぎ澄まされたピアニズムを前面に出して“ピアノ演奏”としての善し悪しで勝負に出ました。このやり方は現代のピアニストの考え方の一つの基本となりました。
このミケランジェリに対抗できたアプローチはリヒテルとギレリスのみです。リヒテルの集中力の高い60年のプラハ・ライヴも名演ですが、65年のギレリスのモスクワ・ライヴは、心技一体の超名演です。オーソドックスな解釈で理想的な演奏を展開しています。奥深い情感もあり、日本の評論家はシフラ等にもそうでしたが、見識があるように振舞いたいがために、技巧派のピアニストをなかなか高く評価しませんでしたが、ギレリスは音楽に対して非常に教養のあるバランスのとれたピアニストです。この二人の演奏は、まるで高度成長期の日本のような勢いがあります。ショパンの作品には、人間の感情のいろんな要素が不定期な形で出てきますが、それをくまなく表現するには、全ての意味でパワーがとても必要とされるということで、以前の巨匠たちにはない現代人の生命力でそれに応えたと言えるでしょう。その裏返しとしてギレリスのヘルシンキでのバラードや晩年来日したリヒテルからは、そうした輝きをもう見出せなかったのも事実です。
他の演奏家は多分に前時代を引きずっていました。アラウの52年の録音は70年代の録音とは雲泥の差の超名演。しかし若き日のアラウも愚かなわが国の評論家には理解できない存在でした。今のクラシック界の低迷は演奏家の責任と謙虚に受け止めていますが、評論家にも身を恥じていただかなくては。このアラウはロマンティックかつピアニスティックで、過不足なく感動的です。同じくルービンシュタインもスケールが大きくてロマン的な演奏が見事で、通常のものの他に最近ライヴも復刻されました。しかし彼の演奏には加えてパデレフスキからの伝統の流れを、その歌い回しの大きさに見出せます。これはポーランド人独特のもので、マルクジンスキー、パレチニ、ステファンスカ等ポーランド人ピアニストの中にもあり、ショパンを叙事詩のような音楽としてとらえ、なよなよしたセンチメンタルではなく、音を大きく打ち鳴らして男のロマンを描いていく感じです。また ショパン弾きとして名高いフランソワは個性的ですが、2種の録音はいずれもテンションも高く、情熱的なコルトーの影響をより強く感じさせます。
情報化社会である現代の演奏
昔の人たちの演奏を情報としてとらえ、バランスよく自分に取り込むのが現代のピアニストの基本。代表はアシュケナージでしょう。欠点なく均整もとれ、いかにも“バラード”は必修科目として勉強したという感じです。個性は違ってもポリーニにも同様です。現在殆どのピアニストがこの感覚のもとに演奏していると言っていいかもしれません。課題を最善にやろうという意識がどこかにあるから聴いていてワクワクしたりしません。技術的に群を抜いているカツァリスやガブリーロフよりも、昔のホフマンの方に興奮します。ツィメルマンに至っては、前述のポーランド人の伝統の継承者としての意識も加わるので、余計に閉鎖的です。そういう意味ではデビュー直後のラーンキの方が自然でしたが、自然なだけでは現代では通用しません。ロシアの伝統を受け継ぐキーシンは、そんな中で独自の事をやろうとの模索を感じさせます。このバラード録音時は「巨匠みたいに弾こう」という意識が働いたろうし、最近のシューマン等にはアムラン達の宇宙的技巧派への挑戦が感じられるし、またそれが作為的でもあったりもします。今回最も今風の演奏だと思ったのはティボーデです。コンクールに出たらとても良い点をもらえるであろう若い人たちの象徴です。オーソドックスでドライで都会的で、だからといって非音楽的なわけでもなくすばらしい。と言いつつ、実は私は昔のゴドフスキーのピアノ・ロールがとてもティボーデに似ていると思いました。自動演奏は機械だけれも、それでもゴドフスキのピアノ・ロールの方が少し味があったりして……。おもしろいですね。やはり現代人は機械的なのかなあ。例えば今は「個性」と言ってもポゴレリチやアファナシエフ等も、決して斬新なのではなく、あくまでも原典と違うようにやるという事なので、原点を意識するということでは普通に弾いてるのと根底は一緒なんですね。現代的な演奏がイヤだといって「昔懐古」を目指してみても、実際にホロヴィッツやルービンシュタインたちのCDも生きてるわけで、彼らにはなかなか敵わない、苦しい立場です。ではある意味「没・個性的」かもしれないが総合的に多角的にハイ・レベルな演奏を目指せばという事になる。確かに全部あるというのは凄い事だけど、かつてのミケランジェリのように「演奏レベルの高さ」で人を感動にまで昇華させるのは、誰もが超絶技巧を持っている現代において果たして可能なのか?こうなってくると、まさに情報化社会こそ、演奏家に迷いを与え個性を失なわせる「音楽芸術の敵」かもしれませんね。
さて《バラード1番》は曲自体の完成度が高いためか、かなり個性的な人たちも表面的ないじりが少なく、逆に本質的なものをじっくり味わうことができて、今回はとても有意義でした。ショパンの音楽はピアノそのものですね。作品に感謝いたします。
2003年4月号(P350)〜独断!こだわりのディスクベスト3
確かに「好み」はこだわりである。これが実は全くいいかげんなものであって、自分の境遇や気分、体調等でいとも簡単に変わってしまったりもする。音楽も演奏も、もともと人格のようなものだから、そこには長所もあれば短所もあるし、接する人によって大きな差異が存在しよう。だから「こだわりの3枚」も、自分のこだわりよりも文句なく惚れそうな物を選んでみたつもりだが、こんなことがまたこだわりだったりしてね。実際のところ海賊盤のようなオペラのライヴを集めるのも大好きで、この際それを列記しようかとも思ったが、一応ピアニストであるので(笑)、まずはピアノから。
1)ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
(P)ウィリアム・カペル(指揮)レナード・バーンスタイン/ニューヨークフィル(1951)
ハチャトゥリアン:ピアノ協奏曲
(P)ウィリアム・カペル(指揮)ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団(1944)
MUSIC&ARTS CD-1109 (USA)
最近はコルトーにベートーヴェンのほぼ全曲のソナタの録音とか、ホロヴィッツのバラキレフ:イスラメイとか、目を丸くしそうな録音が復刻を待っている状態。実はこのCDも昨年陽の目を見た、伝説のピアニスト・カペルの凄演である。すでに、ラフマニノフはレギュラー盤でスタジオ録音の名盤があるし、トレードマークだったお得意のハチャトゥリアンなどは、私自身でさえこの他に3種類も持っている。しかし今回は共演者も良いし、音の状態も良好ということで聴きごたえも十分、カペル自身も調子よく、最近聴かれなくなった情熱的な燃える演奏でありながら、現代的なピアニストの香りも共存しているあたりが素晴らしい。ハチャトゥリアンでの「キレ方」もなかなか楽しい。他にもラフマニノフの3番やブラームスの1番等、カペルのスリリングなライヴの復刻は絶えず、人気も衰えず・・・そう言う意味では今後も多いに楽しみであるが、この人が長く生きていたらピアノ界もかなり変わったと思う。
2)ラヴェル:ピアノ協奏曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番
(P)アルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリ
(指揮)エットーレ・グラシス/フィルハーモニア管弦楽団
EMI CDC7ー49326ー2 (GERMANY)
たまたま私のものが輸入盤だったが、これは国内盤でも何度も登場しているありふれた1枚で、しかし言わずと知れたミケランジェリ一世一代の大名演。「ピアノ」という楽器の最高の音と演奏技術、それがかくも上品に、心と叙情性を失わずに表現された理想郷の1つだ。余談だがラヴェルの方は何種類かライヴの入手が可能で、チェリビダッケとのものも素晴らしい。ラフマニノフは記録によると、このスタジオ録音に先駆けて行われたコンサートで、ミケランジェリは腱をつりながらも凄い演奏をしたそうで、以前私はチェトラのレコードでそれらしき物を見たことがあったのだが・・・。買って置けば良かったなあ・・・どなたか持ってませんか?
3)ゼ・エッセンシャル (Br)ピエール・ベルナック
(P)ジェラール・ムーア、フランシス・プーランク、グラハム・ジョンソン他
SBT 3161(3枚組) TESTAMENT (ENGLAND)
フランス歌曲の神様ベルナックの録音を集めたもので、副題にその友人たちとあるが、有名なプーランクとのコンビネーションで聴かせるフランスものの素晴らしさは「音楽を少しでも演奏しようと思ったら、ここに学ぶべきものがいっぱい詰まっている」・・・そんな極意と「表現力とはそもそも何か」といったようなものを見せつけてくれる、ジャンルを超えたバイブルのようなものなのである。またカザドゥシュとの録音もあるが、ここでは若きムーアとの「詩人の恋」も聴けて、これがフィッシャー=デーィスカウの「変だけどうまい」ドビュッシーの歌曲の様で、なかなかに楽しめる。グノーのセレナード1曲でもその表現力の多彩さにノックアウトされよう。日本ではベルナックの芸術が知る人ぞ知るというレベルにあることがとても悲しい。かってアラウもシフラも過小評価されていたし、山根銀二氏は「エドヴィン・フィッシャーのシューベルトは、技術偏重で音楽性が微塵もない」と断言していた(笑)。諺によると「評論家の銅像が立ったためしはない」らしいが、後始末もされないのでは演奏家が浮かばれない。
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『カンパネラ』2003年2月号 (P14〜16)―足立さつき×斎藤雅広―
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(発行:(株)アートユニオン/TEL:03−3770−2371)
足立 斎藤さんといると、リラックスしすぎちゃって。楽しさを通り越して、笑いすぎて疲れちゃう!
コンサートでも「僕たち夫婦なんです」とか言うんですよ。
斎藤 もう、お互いの母親までよく知っているものね。
足立 斎藤さんにはまず、一目惚れというより、″一聴き惚れ″したんです。もともと私の方からラヴコールして。4年くらい前、イロナ・トコディ(ハンガリーのソプラノ歌手)のCDを聴いたとき、あまりのピアノの素晴らしさに感激して、そのピアニストが斎藤さんだったんです。事務所に捜してもらって、共演がわりと早い時期に実現できることになったんですけど、その前に、たまたまテレビをつけたら「ハ〜イ、キーボーズです!」って出てきちゃったんですよ(笑)。えっ、これがあの斎藤さん?と思ったけど字は同じだし、ピアノを聴いたらやっぱり同じ。そのギャップはすごかったわ。
斎藤 (笑)最初の共演では、「まだまだ僕を知らないなあ。何でモーツァルトを指定してくるわけ!?僕が得意なのは、もっとねっとりしたロマン派ですよ!」なんて言って。
足立 すみません! でもやっと共演にこぎつけたわ、と内心思っていたんです。普通の歌の伴奏と違い、とにかく衝撃的だった。
斎藤 ありがとうございます。それからは結構ご縁がありますよね。新幹線の中でばったり会ったりとかも。
足立 斎藤さんとは運命的なものを感じたんですよ。
斎藤 歌曲の伴奏に限らず、僕自身カラーがはっきりしているから、合う合わないが歴然とする。その人の得意とするものと合うと、ああ、この人を捜していた、と言われますね。
足立 斎藤さんのお父様はオペラ歌手でいらしたせいもあって、歌に造詣が深い。お宅にもたくさんLPや珍しい譜面があっていろいろ紹介して下さるんです。
ふたりで変態になる!
斎藤 足立さんは根っからの歌手ですね。理詰めではなく、いい意味で本能で音楽を捉えている。そういう状態のことを私たち2人の用語では、「変態になる!」と言っているんです(笑)。ちょっとノリが悪かったりすると、「まだ変態になってないね!」という具合に。要は音楽バカ、ということなんですけど。
足立 いかに変態になるか、がテーマなんですよ。最初の頃は、斎藤さんの変態ぶりに驚いて(笑)というか、前奏を聴いただけで私は音楽に押し流されていたんです。でも、音への思い入れ、メロディーの思い入れが解るようになってきて、だんだんその斎藤さんの音楽に応戦できるようになってきたんですよ。
斎藤 それが、醍醐味ですよね。
足立 斎藤さんの最初の一音がカ〜ンときたら、「来た来た来た!じゃあ私はこう行こう」「前奏ではこうやっていたけど、今度は間奏でそう来たなら、私はじわじわ行こう・・・・・」とか。
斎藤 みんな僕の演奏を聴くと笑っているんですよ。
足立 そう、笑えますもの!《鐘が鳴ります》の前奏なんか、お寺の鐘なんですけど、斎藤さんの鐘なんですもの。前奏だけで物語ができちゃう。その後に私がどう発展させていくか。だから、2人でやっていると飽きないし、毎回新しい発見があって楽しいです。何が起こるかわからない!
斎藤 足立さんは團伊玖磨先生に、とっても認められていて《夕鶴》も何度も演じてらして。
足立 ちょうど先生が亡くなられた日に、リサイタルがあったんですよ。
斎藤 プログラムに《忘れな草》があって、「こういう風に前奏を弾いたら泣くな、こいつは!」と思って弾いたんですよ。そしたらほんとに泣いちゃって。
足立 本当に悲しい前奏だったんですよ。絶対に泣くまいと思っていたのに。
斎藤 またその涙がきれいで。それって、お客様にも伝わるじゃないですか。歌手の方がどんな気持ちで歌っているか、って。ピアニスト冥利につきます。
足立 ほんと参りました、あの時は。私たち、タイプは全然違うんですけど、あまりにも違いすぎて、逆にとても興味があるんです。
私が選んで、僕が並べる
斎藤 そうですねえ。出会いから4年以上たつけど、リサイタルから、トーク入りの楽しいファミリーコンサートまで、様々なタイプのコンサートを一緒にやってますね。アルバムも2枚。1枚目は、2年前にフランス歌曲を出しました。
足立 フォーレとドビュッシーの前期、中期を中心とした歌曲で、詩の内容の深いものを選曲したんです。
斎藤 昨年の秋に出したのが、日本歌曲。
足立 これは、4年前にモスクワで團先生の《夕鶴》を歌わせて頂いた時からの思いです。日本の創作オペラの主役をやるのは、初めてだったので最初はどうなるかと思ったんですが。歌っているうちに、ああ、日本人の私だからできるのかな、と思えてきて。やっと私も日本の歌を歌える年齢になってきたな、と。それから、リサイタルでも日本の歌を取り上げるようになったんです。誰でも知っている歌をきれいな日本語で、情緒豊かに歌い上げる。それがいつかCDになれば、と思って。
斎藤 そう、まさに満を持しての今回のアルバムですよね。
足立 本当のことを言うと、フランス歌曲のときも日本の歌を、と思ったんですけど、選曲しきれなかったんです。それで今回は斎藤さんに相談しながら。
斎藤 いやいや、選曲はいつも足立さん、曲順は僕。この人、曲順決められないんですよ、何とかしてください! 実はこの録音の2日後に僕のソロ、《展覧会の絵》をメインに《カンパネラ》とか収録したヴィルトゥオーゾのアルバムの録音で、ものすごく忙しかったんです。でも何とか考えて、「これはあくまで僕の案だから、後は足立さんよく考えてね」って渡したんですよ。そしたらその日のうちに連絡があって「これに決めたわ」(笑)。
足立 決められないんです。でも斎藤さんの曲順とてもよかったんで。
斎藤 足立さんのイメージからいくと、明るくて懐かしさのある曲から入る感じだけど、実際に聴いてみると、深く内容のある曲を最初からしっかり聴いていただいた方が、これだけ曲が並んでいる中では良いと思って。最初の曲は大事だから。
足立 12月にこの日本歌曲を含むコンサートをやって、その次は3月かしら。
斎藤 ちょっと別居状態が続くなあ。
足立 やめてくださいよ、みなさん本気にするから。でも、これからもずっとご一緒したいですよね。
斎藤 選曲してください!どんどん。
足立 私は、ロシア歌曲とかいいな。ラフマニノフとか。
斎藤 僕はね、個人的にはシューマンのリーダークライス。でも売れないだろうなあ!?・・・それにしても足立さんは、歌い手としての魅力はもちろんだけど、お人柄がすばらしい。
足立 斎藤さんの魅力は、やっぱり音。最初の一音からず〜んと引き込まれる。砂浜に打ち寄せる波のよう。声にも勝る魅力。そしてお客様だけでなく、共演者をも楽しませてくれるサービス精神がすばらしい。
斎藤 キャラクターがそれぞれ違うから付き合っていかれるんですね。しっかりしたキャラクターがない人だと、僕に完全に塗りつぶされてしまう。キャラクターがあれば大丈夫。足立さんが大きな太陽で、僕は、その周りを廻っている衛星のようなもの。ただ、その衛星は大きくて、廻り方も速くて、いろんな方向からバアアアア〜ンと迫ってくるんだけど。
足立 ほんと、これからも2人でいろいろなイメージの音楽宇宙を創り続けていきたいですね(笑)。
[お笑いコンビ!?息のあった夫婦漫才のお二人の写真は・・・是非、バックナンバーを手にいれてご覧ください!]
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